恋愛の向こう側
ずっと向こうのほうに小さい光が見えるのですがそれはなかなか近づいては来ません。自分がやりたいと思っていることと、これからしようとしていることが伴っていないとちょっとしたことで何もかもが嫌になるんです。そんな状態のときでさえも人は恋愛したいと思っているくらいの心の余裕があるんです。どんな方法をつかって異性に自分のことを認めさせるかということを考える間はそのことで頭がいっぱい?
それとも自分は認められているっていう確信をなぜか持っているのか・・・恋愛なんてちょっとした事だけで一喜一憂して、相手の多々一言で心が沈んで何もする気が起きない、とおもったら相手のちょっとした気遣いがうれしかったりといったことになる・・・精神状態は大忙しなんです。
忙しい状態が続くと、ちょっとくらい休みたいと思ったりもしますが、いざ暇をもてあそぶことになるとなんだか日まで暇で仕方なくて自分がやりたいことも特になければそこには“恋愛”という精神性が湧き上がってくるのです。人間は弱くてどうしようもないくらい面倒な生き物で一人では何もできない愚かな者なんです。
脳の破滅
確かに出会いがほしいかもしれません。でも人間自分が一番と考えているもの。相手に自分の心を分け与えることができるほど心に余裕を持っている人は数少なく、どんな方法を使っても出会いを探さなければならないのはすべて自分のため。何がしたいのか全くわからない。ただやりたいことをしているだけではだめで、それがどうしてもわがままでしかならないときにはどんなことを考えていても、どうしても自分が嫌になるだけ。出会いなんて本当はどうでもいいんです。恋愛なんて本当はしなくても生きていける。
でも、街中やいたるところで流れている音楽は、恋愛の音楽ばかりでどれをきいてもキレイゴトばかりなんです。結局はすべてにおいて願望でしかないんです。願望と、過去にうまくいかなかったやきもきした感情、そしてそれに共感する聞き手たち。人間が一日で考えていることの大半は恋愛のことと生活のこと。それ以外はちょっとしたあいた時間に考えるだけです。生活のことでいっぱいいっぱいの人はほかのことなんて考える余裕はないけれど、いったい自分が何をしたいのかということを考えたときでも答えなんて出てこないんです。
だって恋愛が成功する方法に正解なんてありませんよね?どこに行ったら出会いがあるかなんて的確なアドバイスを送ることはできません。それは、人が一人一人でかなり違う「脳」を持っているからです。